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『アナ雪』の英語と日本語

営業部の田中です。
ディズニー映画『アナと雪の女王2』が公開されましたので、前回に引き続き、映画における翻訳の話題です。

一作目の主題歌『Let It Go~ありのままで~』は世界中で大ヒットし、日本国内だけで100万ダウンロードを記録、この歌が収録されたオリジナル・サウンドトラックは累計出荷100万枚を突破しているそうです。

ご存じの方も多いかもしれませんが、この歌の英語の原詩と日本語吹き替え版の歌詞は、ニュアンスがかなり異なっています。日本語吹き替え版は、尺やリズム、そして口の動きも、できるだけ英語版と合わせる必要があったため、翻訳の正確性をある程度犠牲にせざるを得なかったのでしょうが、英語版の歌詞の意味を知っている人と、日本語版の歌詞しか知らない人との間で、『アナと雪の女王』という映画全体に対する感想や印象が異なってしまうほど、つまり作品テーマ自体を歪曲させかねないほど、その齟齬は大きなものでした。

英語の原詩は、「周囲から抑圧され、自分を押し殺して生きてきたが、我慢の限界なので、押し付けられた役割を放棄し、他人から何と言われようが関係ない、もうどうでもいいと開き直った」という内容となっています。エルサから自由を奪っていたのは「こうあるべき」という周囲からのプレッシャーであると明確に歌われています。 “I’m free” というフレーズも、「自由になった」というより、他者を拒絶し孤独を選んだことによって「しがらみから解放された」と解釈した方が正確です。

対して日本語吹き替え版では、「ありのままの自分を他人に見せることができずに悩んでいたが、このままではダメだと一念発起して自分を解放したことで、自由を得ることができた」という喜びを感じる歌詞となっています。「周囲からの抑圧」や「役割の押し付け」といったキーワードが含まれていないため、殻に閉じこもって悩んでいたのも、外の世界に飛び出して自由になったのも、エルサ個人の気の持ちようであったかのような印象を受けるのではないでしょうか。

また、「少しも寒くないわ」という印象的なフレーズも、「私はもう寒くたって大丈夫(なぜならありのままの姿になれたから)」というポジティブさを感じますが、原詩の “The cold never bothered me anyway” は「どうせ今までだって寒さを気にしたことなんかない(だからこれからいっそう嵐が吹き荒れようがかまうものか)」という、皮肉をはらんだ攻撃的とも言えるフレーズとなっており、日本語吹き替え版とはずいぶん異なる印象を受けます。

英語と日本語、どちらの歌詞の方に共感できるか意見が割れそうですね。個人的には英語の原詩の方がスカッとするので好きです。 “Let the storm rage on” とシャウトするところなど、「何もかも、もうどうにでもなってしまえ」というエルサのやけっぱちな想いがこもっていて最高だと思います。

英語から日本語に翻訳されたことによって生じた様々なニュアンスの違いは、主題歌の歌詞だけでなく、セリフの端々にも散見されます。武蔵大学社会学部教授の千田有紀さんが執筆されたこちらの記事が詳しいのでおすすめです。

日本版『アナと雪の女王』現象とは何だったのか―英語版とまったく違う物語の秘密(千田有紀) - Y!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20170306-00068399/

吹き替え翻訳や字幕翻訳は制約が多く、原語の通り正確な翻訳ができるわけではありません。かなり内容を端折らなければならない分、作品のエッセンスをいかに汲み取るか、翻訳者の作品理解の深さが問われます。

『アナ雪』の日本語吹き替え版は、エッセンス自体を挿げ替えて、異なるテーマを持った作品に書き換えてしまった、というのは言いすぎかもしれませんが、翻訳によって映画の印象が変わってしまった例ではあるようです。